奇の瀰漫

『「知」の欺瞞』を読む、を読む

鈴木芳樹

オレの知り合い(ならびに知り合いの知り合い)が、『「知」の欺瞞』について語っているテクストをまとめてみました。もしかしたら見落としているテクストもあるかもしれませんが、何らかの底意があって無視しているわけではありません。またこのようにリンクされたら困るというかたは、ご連絡ください。どう並べていいのか判らないので、とりあえずおおざっぱな年齢順で。

要するにオレには、「網羅的なリンク集」から抜け落ちるものを拾い上げたいという欲望があるんだろうな。何らかの事象が話題になると、ネット上にその事象をめぐる網羅的なリンク集ができるのは、みなさんご存知の通り。最近なら、劇場版「クレヨンしんちゃん」がその典型だよね。でもオレが「面白いことを言ってるな」と思うサイトは、そこから抜け落ちていることが多い。つまりこれは黒木さんの『「知」の欺瞞』関連情報への、オレなりの補遺なのだろう。すでに出来上がっている「網羅的なリンク集」を頼りにしていると、いつまでたってもそのリンクを作ったひとの「偏り」から抜け出せない。これはやはり健全な事態ではないだろう。といって、このリンク集が『「知」の欺瞞』関連情報よりも「偏り」が少ないとは、ぜんぜん思ってないけどさ。むしろあまりの偏向っぷりに、自分でもうんざりしているくらい。でもこうやって、おたがいがおたがいの「偏向っぷり」を正直に伝えあうことで、文字通りの意味での「コモンセンス」が生まれるのではないか、なんて。

って、マジメな文章になっちまったなぁ。軽い息抜きのつもりで作ったのに。ちなみに敬称の使い分けは、親しさの度合いや、年齢差によります。東浩紀と蓮實重彦が「知り合いの知り合い」だというのが、冗談でも何でもないのだから、30年も生きるといろんなひとと出会うものです。

追記(2001年5月18日)

K.T.さんより、「現在では考えかたが変わっている」との指摘を受けました。z/sさんより、東浩紀がソーカルについた語ったテクストなら、ポストモダン再考もあると指摘されました。ご教示感謝します。

ようやく『「知」の欺瞞』を入手したので、A la maniere de "Lettre de Seijo" という読書日記をつけることにしました。タイトル、ウケるひとはウケちゃってください。

それでは以下。